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私たちの移住エピソード(4話)

2020.4.02

夕刻、北木島から戻ると、真鍋島は夏祭りの準備などで人が多く出歩いており、島らしからぬ活気に包まれていた。

以前、真鍋中学校で勤務されていたという教員の方とともに休憩所へ送っていただき、そこで勤務時代に感じた真鍋島の人々や学校の良き思い出をゆっくり聞かせて頂いた。無論、今夜の夏祭りに参加するために一家で真鍋島にはるばる来られているのだが、これも正直ちょっと驚いた。


真鍋どんだけ好きやねん・・・と。


日暮れ間近、会場の「とこのはな公園」に向っていると、とても感じの良い女子中学生が私たちに声を掛けてくれた。街では知らない人に声をかけるというのはもはやタブーの時代だったので、驚きとともにとても嬉しい気持ちになった。

これも島ならではだ。


一通り夏祭りを体験し、楽しい一日だったと思った矢先、今度は島のおっちゃんから「今から打ち上げがあるから来い!」とこれまた衝撃のお声掛け。



もうなんのこっちゃ分からんかったが、言われるがまま打ち上げ会場に。


着いてみると、島のおっちゃんら数人と学校の先生たちが一緒にいるではないか。テーブルにはがっつり酒もある。青少協が主催する祭りだそうだが、そんな括りはほとんど関係なく自然と集まって手伝い、打ち上げに参加するのも自由という。


(え?先生と飲み会すんの?)


(いや、神戸じゃ有り得ん光景やで・・・)


もう衝撃のオンパレード。


しかし飲み会とはいえ、真面目な話もたくさん飛び交っている。
なかでも印象的だったのは、ある島のおっちゃんが発した「地域、学校、保護者が一体となって運営していかないといけない」という一言。


今でこそどこででも耳にする言葉だが、十数年前にこれを唱えられたときは心底感動した。皆、愛想はしないし口調もやさしくはない。けど気さくでいい人たちばっかりだ。そして素晴らしいじゃないか、真鍋島の学校。


もうここらで完全に真鍋に惚れていた。


せっかくの機会だしと、もう有り得ないくらい喋りまくった。

話はどんどん移住のほうに向いていく。


そうこうしていると、島のおっちゃんから「財務管理の仕事できる?」と唐突に聞かれる。


最初は何のことかと思ったが、聞けば島のおっちゃんらのうち、3人もが漁協の役員をしているらしい。しかも、数年前に広域合併したものの、事務局を統括する職員がなかなかいなくて探しているそうだ。


会社経営の経験が今夜こんな形で生きるとは思わなかった。まったく予想していなかったが、この場でいきなり仕事の話が半分決まってしまった。

なんということか・・・。


家族の待つ宿泊場所に戻ったのは、明け方も近くだったか。
妻が起きてきたので、今夜の奇跡的な話を打ち明けると、妻は妻で奥様方とたくさん色んな話をし、とても真鍋島が気に入った様子だった。


家を始め、住むことについてはほとんど何も情報を得ず、見ることもできなかったが、とにかく人の温かさに魅了された。すっかりやられてしまった。


翌朝、笠岡へ向かうという漁船に便乗させて頂き、帰路に。


出発間際、Y子さんの旦那であるYさんから「今度、ここで船舶免許取得の講習会あるで?来る?」と突然の誘いが。


考える間もなく「来ます!」と即答。


このとき船舶免許なんてまだ必要なかったが、これが真鍋島との縁になるに違いなかった。こんなきっかけがなかったら次のステップへなかなか進めなかったかもしれない。


とは言うものの、神戸に戻って現実に帰ると、ここから泥のように悩む日々が待っていた。


そう、仕事のこと以外、まだなーんも決まってないのである・・・


つづく・・・